東京高等裁判所 昭和40年(ラ)146号 決定 1967年5月31日
抗告人 筋野康一
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
よつて審究するに、民法第四二三条による債権者代位権にもとずく権利の行使において、目的たる債務者の権利はいわゆる一身専属のものを除くほか原則としてその種類に制限はなく、それが訴訟法上の権利であるとしても、これが実体法上の権利ないし利益を主張する形式としての訴訟法上の権利である限り債権者による代位行使が許されるものと解されるが、その場合でも訴訟開始後における債務者の有する個々の訴訟法上の権利は代位行使の目的たり得ないと解せられている。しからば債権者が債権者代位権により債務者の第三債務者に対して有する債務名義にもとずき強制執行の申立をすることは許されるであろうか。これまさに本件の問題であり、世上これを適法とし許すべきものとする見解があるが、当裁判所はこれを消極に解するものであつて、その理由は次のとおりである。
民事訴訟法第二〇一条によれば、確定判決は当事者、口頭弁論終結後の承継人またはその者のため請求の目的物を所持する者に対して効力があり、他人のため原告または被告となつた者(いわゆる職務上の当事者)に対する確定判決はその他人に対しても効力を有するとされ、かように判決の効力を受ける者のためにまたはその者に対してのみ強制執行が許されると解すべきことは、同法第四九七条の二に徴して明らかである。しかして、強制執行開始の要件たる執行文は右執行当事者たり得る者のために付与されるものであることは民事訴訟法第五一七条、第五一九条の解釈上疑いを入れない。しかるに、債権者代位権にもとずく権利の行使は債権者が自己の名において債務者の権利を行使するものであつて、債務者の名において行使するのでないから、債務者の第三債務者に対する判決につき債権者が債者務の有する執行文付与申立権を代位行使するとすれば債権者が自己の名において執行文付与の申立をし、これに対して執行文を付与するほかはなく、かような帰結は民事訴訟法第五一七条、第五一九条の予定しないところであることは、右説示によつて明白であり、かつ代位債権者は当該判決の効力を受ける者でないにもかかわらずこれに対して法の明文に反してその効力が拡張されると同様の結果を与えることとなる。
それのみならず、債権者が民法第四二三条による代位権にもとずき債務者の第三債務者に対する確定判決につき執行文の付与を申立て、これが許容されるとすれば、執行文付与の機関は付与の前提としてあたかも民事訴訟法第五一九条における判決に表示した当事者に承継があつたとする場合その承継の事実の存否につき調査、判断しなければならない(承継が裁判所において明白なときでない限り証明書をもつて証明せしめる)ことと同様に代位債権の存否並びに債権保全の必要の有無等を執行文付与機関において調査、判断すべく、これがすべて肯認できることを要件として執行文が付与されるべき筋あいである。しかるに、債権者代位に関する右のような事実の存否の判断は、むしろ実質的判断事項であり、しかも承継の事実に関する判断に比べて困難な事実認定を要することはいうをまたないところであつて、かような判断は性質上権利または法律関係の認識ないし判断機関たる判決裁判所の権能に属せしめるのを相当とし、これと截然分離された執行文付与機関の判定に委ねるべき事項でないというべきである。もつとも、かような場合民事訴訟法第五二一条に準拠して執行文の付与につき執行債務者たるべき者を被告として第一審の受訴裁判所に訴を提起できると解する余地がないでもないが、明文を待たずして同条をかように拡張解釈することはいわゆる訴訟法の厳格性の要請に背馳して許されるべくもないといわなければならない。
はたしてしからば、現行民事訴訟法は、訴訟係属中の当事者の交替のあるべきことはともかくとして、一たん債務名義が獲得された以上これにもとずく強制執行の適格を有する者(執行当事者)を民事訴訟法第二〇一条掲記の判決の効力を受ける者に限定し(ただし、同法第七一条の参加または第七四条の訴訟引受があつた場合における脱退当事者はその限りでない。)、それ以外の第三者は、たとえ債務名義表示の執行債権者の債権者が債権保全の必要があるとしても民法第四二三条にもとずく権利の実現として執行債権者の有する執行請求権を代位行使し、そのための前提として執行文付与を申立て、その他強制執行手続に介入することはわが現行の訴訟法の認めるところではないといわなければならない。このことは債権者がその代位権により債務者の有する権利にもとずき訴を提起し、その勝訴の判決を債務名義として強制執行をすることは許されるが、債権者にかかわりなくすでに訴訟又は執行の開始せられた後において訴訟当事者の有する個々の訴訟法上の権利につきあらたに債権者がその債権者代位権にもとずきその権利を代位行使してこれに介入することが許されないことと同様である。従つて本件執行文付与の申立権は債権者代位権の目的たる権利に親しまないといわなければならない。そうして、この理は、判決以外の債務名義についても妥当することは明らかである。
もつともかように解するとすれば、債権者の債務者がすでに自ら当事者として自己の権利につき確定判決その他の債務名義をえたにもかかわらずこれにもとづく強制執行の申立をしないため、その債権者は執行の代位が許されず、さりとて重ねて自ら債務者の権利を代位行使して訴を提起して債務名義を得ることは許されないから、結果としてその債権保全の方途をとざし、権利の救済に欠けるうらみがあるけれども、かような結果はこの点につきなんらの特別規定も設けない現行の制度上避け得ないところであり、債権者は自己の債権にもとずき債務者に対しあるいは間接強制の方法により、あるいは債務不履行にもとずく損害の賠償を得る等によつて満足するほかないというべきである。
以上のとおり、本件月窓寺の有する確定判決につき執行文付与を代位行使しようとする抗告人の本件申立は、その余の点につき判断するまでもなく不適当であつて、却下をまぬがれない。これと同趣旨の原決定は相当であり、本件抗告は理由がない。よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八四条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 浅沼武 間中彦次 柏原允)
別紙
抗告の趣旨
原決定はこれを取消す
抗告人のなした異議申立は理由がある
原審裁判所書記官は執行文付与手続をせよ
との御裁判を求めます
抗告の理由
原裁判所は
確定判決につき執行文付与申請を勝訴当事者以外の第三者に許すことは特段の訴訟法規定のない限り許されないものと解す。
たとえ勝訴当事者に対する実体法上の債権者であつて且つ併合審理された別件の補助参加人であつても民法第四二三条を適用し代位行使することは出来ない。
との趣旨で抗告人の異議申立を却下した。
然しながら此の決定は左の理由により失当であるからここに本抗告の申立をする次第である。
(一) 民法第四二三条は債務者が自己の有する権利を行使せざる為、債権者をして其の債務者に対する債権の十分なる満足を得ざらしめた場合に於ける救済方法を定めたもので債権者が代位して行使し得べき債務者の権利は一身に専属するものの外は何等の制限をも設けては居ない。
(二) 又その行使の方法についても債権者の債権の期限が到来していない間は裁判上の代位によると定めた外は何等制限されていない。
(三) 従つて債権者は債務者の権利を行使するにつき債務者に代位して訴訟を提起することはもちろん、債務者がその権利につき既に債務名義を有する時はこれに代位して強制執行の申立をすることが許される。
本件執行文の付与申請は一連の強制執行の代位申立であるから、かかる行為は債権者が代位して為し得るものであり、従つて申立人は本件執行文の付与を受くべきものであると解する。
(四) 本件強制執行代位の結果は債務者に帰属するもので申立人には直接に帰属するものでないから債務者に対し実害を与えるものではない。
(五) もし本件につき申立人に対し執行文を付与せられない時は申立人は他に其の権利の救済を求むる何等の方法がなく真に不合理と言はざるを得ない。
叙上の理由により債権者たる申立人がその債権を保全する為、債務者に代位して民法第四二三条に基き債務者の有する債務名義による強制執行は許さるべく、従つて強制執行のための本件執行文付与申請は許さるべきである。